28話 青の静寂、赤の稲妻

リナは岩肌の混じる砂地の境目で、傍らで沈黙して景色の一部となったトータス・エンペルの影に潜み、息を整えていた。
(さっきまで空を裂いていたフラッシュが起きなくなった…。戦況は…?どうなったの?)

よろりとほうきを杖代わりに立ち上がり、そのままゆっくりほうきに乗って浮上ふじょうした。
(もしウォルフラムさんが負けて、魔神まじん化したなら、今見つかるわけにはいかない)
しかし、声が聞こえた。

「おい!一旦終いだ!リナ、どこ行った?」

ウォルフラムの声。
(姿を見るまで警戒は解けない)
浮上ふじょうして距離きょりを取りながら、声が聞こえた方を見下ろした。

(いた。大丈夫だいじょうぶ。彼のまま………あの左腕は負傷?)

スーッと流れる風のように彼の近くへほうきを降ろす。
「ここです。ウォルフラムさんが声を張るのを聞けるとは珍しい体験です。」
「俺だって必要ひつようなら声くらい出す。」
何を言っているんだと言いたげに、呆れた目で彼はいつもの静かな声で返した。
「何を対価にあんな魔法が使えたんだ」
リナは「うっ」と少し言葉を詰まらせた。
「……やらなきゃ魔神まじん化を回避できないと判断したんです。リスクの低い方を選択したつもりです。一時的な体力と、私の年齢だから得られる富、『成長エネルギー』を魔力まりょくに変換しました。逆の変換が出来ない代わりに、効率よく魔力まりょくに置き換えられるんです。」
「どう影響する?」
「私の体の発達が悪くなりますね。身長が伸びにくかったり性別に沿った機能が遅れたり。私は…血筋的には高身長な家系なんです。」
リナは気まずそうに白状した。ほうきからゆっくり降りると、足がふらついた。
ウォルフラムはため息をついて、片手でほうきをつかみ、もう一方の腕を差し入れてリナを抱え上げた。
「!だ、大丈夫だいじょうぶです。まだ歩けますから…!」
「身を削った罰だと思って受け入れろ。取り返しのつかないことを。しかし、助かった。すまないな…」
リナの弱い抵抗など無視で、ウォルフラムは塔の方へ視線しせんを移し、歩を進める。

「プロビデンスの自爆を事前に予想できなかったのは、私の落ち度です。最初から音への対策をするべきだったのに…」
リナは申し訳なさそうに呟いた。
(俺も同じだ。予想が甘かった。)
二人はそれぞれに反省していた。

子どもでなければ、だいたい想像がつく。
『性別に沿った機能が遅れたり』

(この裏技を使わせて、将来不妊にでもなったら罪は重いぞ…)
「お前、いくつだ?」
「13ですけど?言ってませんでしたっけ…」
「じゅう…さん…?お前の国の結界に受ける影響が2年後だとは聞いていたが、10歳そこらかと…。」
リナは身長145cmほど。凹凸の無いシルエットで、彼にとってはだいぶ年下の子供という感覚かんかくだった。

リナは自身を支えるウォルフラムの左腕に何気なく触れた。シュインと光が集まり、血の滲んだ布がほどけると、塞がった傷跡が現れた。
「お前…!こんな状態で魔法を?」
「ウォルフラムさんに付与していたオートシールドが余っていたので、魔力まりょくに還元して使用しました。ですから問題ありません。傷口を塞いだだけですよ。中は治ってませんから気をつけて。ウォルフラムさんこそ、結構血が出てましたよ。そんな腕で私を抱え上げようだなんて。」
「お前なんか犬猫ほど軽い。あんな無茶な対価を払うから小さいんだ。お前にはまだ分からないかもしれないが、その成長という対価は本当に価値あるものだ。将来を蝕む。……あれは払うな。」

「……師匠も同じようなことを言っていました。ええ、良くないですよね、本当に…」
リナは遠くの空を見つめ、息を吐くように呟いた。

(いや、お前は分かっていない。知識はあっても、まだ子どもだ)


少し歩いただけで、リナがぼうっとし始めた。
首がかくんと落ちる。はっと持ち直す。もう一度、かくん。

(さっきの消耗のせいだな)

「寝てろ。あと数百メートル、やることもできることもない」
聞いているか聞いていないかの虚ろな目はすっと閉じて、筋肉が緩むのが分かった。

(…幼い)
軽く寝顔を一瞥いちべつし、すぐに進路へ視線しせんを戻す。


歩いた先にはカラスが待っていた。
「お待ちしておりました。あるじよ」
カラスは地面からウォルフラムを見上げている。
「まだいたのか。あるじじゃない。なぜそう呼ぶ?」
カラスは黙って首を数回傾けた。
「申し訳ありません。権限が不足しており、情報じょうほう開示できません。権限昇格を試みます。これには時間が…」
「ああ、いい。理由なんかただの手違いだろう。俺が言いたかったのは『あるじと呼ぶな』。そういうことだ」
ウォルフラムは面倒くさそうにカラスの言葉を遮り、にらむ。
「何とお呼びすれば?」
「……こいつが起きたら聞けばいい」
(この鳥が本当に味方か、ひとりでは判断できない)

「お預かりします」
左手で持っていたほうきがひとりでに浮遊し、ウォルフラムの横に並んだ。カラスはバサリとその上に止まる。

「お連れの少女は我らが民ですね。試練しれんの招待状をお持ちのようですが…付属の位置情報じょうほうが壊れている」
(放っておいても勝手に喋るな…)
ウォルフラムは無言でカラスを見ながら歩みを進めていた。
「残念ながら、こちらの塔では試練しれんを受けるための設備は崩壊しています。しかし安全は守ってきました。どうぞ中でお休みください」

あちらこちらで瓦礫になったプロビデンスの残骸ざんがいを通り過ぎて、砂漠さばくの終わりになる岩肌の上で聳え立つ塔の目の前まで来た。
カラスがぴょんと扉の前に降り立つとゴウンと重い音が響いて、一枚ずつ層を剥がすように縦に横にと開いた。
ウォルフラムはトントンとリナの脚を軽く叩いた。
「おいリナ、着いたぞ」
「む……ありがとうございます。あ、カラスさん…」
リナは眠たげだ。
「やあ、リナ。数週間ぶりだね」
カラスの口調が変わった。
「うん…。予定が狂っちゃって。これ、招待状」
リナの口調もいつもと違う。彼女はカラスに封筒から紙を出して見せながら、ウォルフラムの腕から降りようともがいた。
「あ、こら、いきなり暴れるな。何か言え」
リナはトンと脚を着くが、力が入らないのかカクンと座り込んだ。カラスはリナに踏まれないように少し飛んで離れた。
「うわ…」
転んだ驚きの声まで覇気がない。自分のコンディションにうんざりしたような表情で招待状を握ったままカラスの方を見ている。
「同伴者の、承認依頼を書いたから、サインを」
「お名前は…ウォルフラム様と。うん、確かに。いいよ。」
開いた手紙の文字はウォルフラムには読めない。
カラスが紙の下のほうにポンと足を置くと、脚の形に黒いインクが広がった後に、何かの印の形に変化した。
「これで貴方様も灼かれずに中に入れます」
カラスがウォルフラムに言った。
(部外者が入ろうとすると灼かれるのか)
カラスがぴょんぴょんと中に入っていった。リナのほうきが勝手についていく。

「どうぞこちらへ」
カラスが振り向いて呼んだ。

リナが印鑑を押された招待状をしまうのを見てから、ウォルフラムは再びひょいと彼女を持ち上げた。
今度は彼女は暴れなかった。
やけに静かだ。

「おい、大丈夫だいじょうぶか?」
すーっと息が聞こえた。
(……もう寝ている…!)

少し驚いたが、先ほどのリナの様子ようすから、カラスについていってよさそうだと判断し、もう起こさないことにした。

塔は同じような階段や廊下の光景こうけいが何度も続く。
しかし王宮に比べれば狭いものだった。
「意外と廃れていないのだな。300年は放置されているのだろう?」
「はい。人間たちには。しかし我々は管理を続けております。」
「……何のために?」
「それが命じられた仕事だからです。」
無意味むいみな」
「我々は仕事がなくなれば精霊界へ消える存在ですから」
「精霊なのか…?契約者が…生きていると?」
「いいえ。我々は死後に留まる複数の魂と契約しております。この情報じょうほうはとても古く、秘匿対象になっていませんが、詳細情報じょうほうの多くは秘匿対象になっており開示できません。」
四階の個室。
「こちらでお休みください。」
ドアは勝手に開く。低めの設計で頭をぶつけないか怪しく、屈んで通る。ソファにベッド、小さなテーブル。どれも小さめで固い素材。白一色の部屋。
カラスは「隣の部屋も使えます」と案内して去って行った。


塔の中心は一階から天辺まで繋がっている。しかし様々な方向から廊下や階段が伸びて、宙には電灯が浮くため、階を跨いだ先は見えづらい。
そのごちゃごちゃした空間をカラスがバサバサと飛んでいる。
「防衛システムの再起動。」
彼の声で内部の壁に脈のように光の線が伸びた。夕日が岩肌を照らす外では、プロビデンスの目に再び偵察モードの青い光が宿る。


翌朝まで、リナは寝ていた。一度起こして水を飲ませたが、本人は覚えていないかもしれない。
「この塔は現状貸し切りですから、お好きにどうぞ」
カラスに言われてウォルフラムは塔を散策していた。この塔の中では、魔神まじんの気配が遠のく気がする。
(珍しく、夜になってもアイツの声がしなかったし、悪夢もなかった。やはり魔法使いと関係のある呪いだからか?)
廊下に本棚が並び、書物は興味深きょうみぶかいが、読める文字はほとんどない。
「気になるものがあれば私が説明致しますよ。」
カラスはちょんちょんとウォルフラムに付きまとう。ウォルフラムは少し考えて聞いた。
「お前は、これについて何か知っているか?」
魔剣を出して見せる。カラスは出された剣を見上げて首を動かした。
「……恐らく、お二人よりよく知っております。」
ウォルフラムは目を見開いた。
「教えろ」
脅すつもりは無かった。しかし考えるより先に体が勝手にカラスの背後はいごに剣を突き立て、剣と体で覆うように見下ろした。
カラスは動じない。
「我々は秘匿情報じょうほうを話すことが出来ないように作られております。例え私のような、個体が死んだとしても。」
ウォルフラムはハッとして剣を無に返し、くるりとカラスに背を向けた。
「…失礼した」
ここまで衝動的に暴力に走った経験はない。自分でも驚き、恥じた。それでも数歩歩けばカラスはついてくる。
「何故お前はついてくるんだ?部外者の俺を警戒しているなら納得だが、お前は魔法使いの守護者だろう。リナの側にいたらどうなんだ」
「あの部屋に危険はありませんから。リナは我々の守るべき民ですが、貴方様は我々の王です、あるじよ。」
「まだ言うか。やめろと言っただろう。俺はかつて、魔法使いの国と敵対した国の子孫だぞ。」
「…権限を昇格しましたら、理由を述べて貴方様に仕えます。事例のないことが起きているので、少なくとも一月はかかりそうです。そうすれば先程の問いにも答えられましょう。」
「また会うことがあると…?」
ピタリ、とカラスが止まった。
あるじよ」
「だからやめろと…」
「リナが起きましたので私は先に行きます」
「…そうしろ」
バサバサとカラスが飛んでいき、ウォルフラムもながめていた書物を棚に戻してリナの方へと歩いた。


「すみません、まさか夕刻前から今まで寝てしまうとは」
リナに会うと乱れた髪のまま片手に魔導書まどうしょ、片手にローブを抱えて背後はいごにはほうきを浮かせていた。
「旅を急いでいるのはお前だろう。休息は必要だ。」
「ウォルフラムさんは、寝れました?」
「ああ。ここでは魔神まじんの力が薄い気がする。」
「……ふむ。」
いつものリナならヒントを得られれば喜びそうだが、少し怪訝に眉を寄せただけだった。

「カラスはここに一人なの?試練しれんの方もできそうにないね?」
「うん。そうなんだ。各地の塔では、この塔が一番ハズレ。ガーディアンは高品質で残ってるけど、ここの担当のカラスは今配属を減らしてたから。ここで他のカラスが集ってから設備を再構築するのを待つか、リナが次に向かう塔にカラスの配備をするかで試練しれんができるよ」
「ここでは手紙を出すだけにする。手紙は届けられるでしょう?」
「ああ、大丈夫だいじょうぶ。それは私が届けてあげるよ」
「過去のピング(手紙)もこっちに届いてる?」
「届いてる。記録するんだよね。見せるからおいで。こっちだ。」
リナはカラスと一緒に出て行った。


リナの用事は早かった。別の部屋に行ったかと思えば紙を数枚手に持って戻って来た。
「朝食にしましょう。2階です。」
リナは中央の吹き抜けから飛び降りて、途中で橋のように伸びている廊下に着地した。
「あっ、馬鹿!昨日の自分の体力を忘れたのかリナ!」
ウォルフラムは手すりに身を乗り出して怒る。
「あー!忘れていました!でも塔で階段使う子なんてあんまりいませんよ」
ウォルフラムが呆れていると、カラスがバサバサとリナの方へ飛んだ。
「リナ、ほうきに乗ったほうが安全だよ」
カラスにも言われている。
「…つい。急いじゃったの。お腹ペコペコなんだもの」
えへへと笑うリナはいつもより幼かった。
(カラスの前では年相応か、それ以下なんだな。普段は外向けの顔か。)

二階は複数のテーブルが並ぶ食事処だった。リナが手紙を書くあいだに、奥から皿が整列して飛んでくる。
「リナの持ち込み食材を私の魔法で仕上げたよ。安全検査は通っている」
カラスがリナの前に降りて告げる。
ウォルフラムは品定めするような目を向けた。一度謎の敵が現れた以上、どこでも毒を警戒してしまう。
「カラスは嘘をつけません。私の言葉が信用できるなら、今回は大丈夫だいじょうぶです」
「俺にとっての損害は、お前という呪いの抑制剤を失うことだ。お前は時々、自分の危険に疎い。——いい、今回はお前の判断を信じる」

二人は食事を始めた。

「ウォルフラムさんはその体格で、いつも私より少なくて足りますか」
「……言われてみれば、呪いを受けてから、以前ほど空腹を感じない気がする」
「あり得ます。魔剣がエネルギーを与えているか、感覚かんかくを鈍らせているか。身長と体重は週一で記録しましょう。心音も。――脈拍、平常時も少し速いですよね」
「…いつの間に?」
ウォルフラムはあからさまに嫌そうな顔をした。
「毎晩触れてるので、脈拍くらいは分かります」

(……リナに言われて何度かやっているが、検査は苦手だ)


二人と一羽は、塔の玄関口に来ていた。
砂漠さばくの果ての空は珍しく、朝なのに暗い。岩山の遠くでゴロゴロと雷の音が聞こえた。
「私は手紙を届けるよ。プロビデンスの警戒はオンのままだから、念のためにリナに一時プレ権限けんげんをつけて行くね。私が不在の3週間ほどは、攻撃こうげきを受けず塔に自由に出入り出来るよ」
カラスが巻かれた封筒をリナから受け取って飛び立とうとした、その時。
「待てカラス。コイツの師に宛てた手紙なんだろう?俺からも出したい。」
カラスの持つ包みを半ば力づくに奪い取り、もう片方の手で自前の封筒をひらりと振って見せた。
「!?」
リナが驚きの目でウォルフラムを見る。
「意外です。ウォルフラムさん、何を?」
「ただの挨拶あいさつだ。カラス、頼めるか?」
「もちろんです、我があるじの命ずるままに。では。」
カラスはウォルフラムが包み直した手紙を受け取って飛び立った。
「今、あるじと…?」
リナは凍りついている。
「ああ。どういうわけだかそう勘違いしているようだ。否定したんだが、しつこくそう言うんだ。」
「……。」
リナは何も無い場所を静かに睨んで黙った。
「…どうした?」
「…まだ、確証がないのでしばらく考えさせてください。」
心なしか、冷たい響きに聞こえた。


カラスと別れて、ウォルフラムとリナも歩き始めた。
周囲しゅういはまだプロビデンスの警戒網。
青い一つ目を光らせて多数が徘徊している。
「敵を認識するまではコアが青い光で、偵察モードになります。赤くなったら攻撃こうげきモードです。今は安全ですよ。」

リナは空高く離れた位置に、無人のほうきを飛ばしていた。雨は無いが、天候は悪い。
「何をしているんだ?」
「稲妻釣りです。雷に当たると、私のほうきはエネルギーをチャージします。ちょうど枯渇していたので5発ほど釣れたら嬉しいです。」
ドォン、と大きな音で雷がほうきを貫いた。
ウォルフラムは静かに見ていたが、黒い瘴気しょうきを薄っすら帯びた。
「もしかしてウォルフラムさん、雷が嫌いですか?」
(剣で弾き返した経験があるらしいけれど…訓練が厳しかったとか?)
「いや…だが今は会いたくないな」

突然、近くのプロビデンス一機がビビビッと赤く目を光らせて攻撃こうげきモードに切り替わった。
「何でっ!?」
驚くリナ。ウォルフラムは殺気を悟り、同じ方向に身構える。
「アイツだ…!」

ピカッとプロビデンスがビームを放つのとほぼ同時に、ドォンと更にまぶしい光がウォルフラムへ走った。
「ウォルフラムさんっ!!」
リナにはすぐ隣で何が起こったのか見えなかったが、まぶしい光に片目を覆いながらもその向かった先を見ようとした。

岩肌を削って砂埃が乱反射らんはんしゃした後、二人の影が現れる。
一人は魔剣で受けるウォルフラム。
もう一人、剣で押し込む突如現れた鎧の少年。
嫌な予感が的中した。

「ヴィクター…!」
「見損なったぞウォルフラム。ルーク様を裏切るとは!」

赤い瞳が、ウォルフラムの青をにらむ。


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