23話 オーバードライブ・プロトコル

レオ、リナ、ウォルフラムはギルドに泊まり込みだった。
野宿に比べれば、オアシスで汲んだ水もあり、シャワー付きの快適な環境だ。
しかしウォルフラムがどこへ行こうと、すぐそばまでついていき待機するリナに、いい加減にレオも気づいていた。
疑問に思いつつも、何か事情があるだろうと、彼は聞けずにいた。
朝日が差し込む研究室のソファで、レオは目覚める。リナたちには、備品室にラグを敷いて使ってもらっていた。
(2人を同じ部屋にしたが、正解だったのだろうか? 男性同士、僕と彼が同じ部屋にいるべきだっただろうか?)
レオにはまだ分からなかった。
「おひゃおうほひゃいます!(おはようございます)」
キラキラの笑顔と、ほどいた長い髪に寝癖のついたリナが、パンをくわえたまま現れた。
「おい! 食うなら食い終わってから行け!」
寝られたか怪しい、不機嫌そうな、しかしきれいに髪や服を整えているウォルフラムが彼女を追って出てくる。
(彼らを同じ部屋に案内して正解だった気がしてきた…。保護者と子どもだ…。)
「おはよう。リナさんは元気だね。」
コーヒーカップを片手にレオが返す。彼の肩には手のひら二つ分ほどのカマキリが乗っていた。
「昨日、リナさんが教えてくれたゴーレムを自分でも試してみたんだ。これはハンターじゃなくても捕まえられるような、小さな虫型モンスターだけど。」
肩のカマキリを腕に乗せてレオが見せる。
「おお! 上々ですね! 習得がすごく早くて助かります! そのうち、応用できるようになれば生きたモンスターを使役できますよ! 私にもまだできないので、数年がかりは必要でしょうけど…」
リナはボードに貼った紙たちを眺めて、付箋を一つ取り上げた。
「今日はまず、ちょっとフィニス火山へ行ってきます! サラマンダーが必要で。すぐ戻るのでレオさんはここにいてください。」
「あ、あんな遠くに? 歩いて5日以上はかかる。」
「ウォルフラムさんなら私がスピードを出しても問題ないので、今回は本気を出して、片道10分程度で行こうと思います。」
唖然とするレオをよそに、リナはウォルフラムをチラッと見る。
「すみません、私一人で行きたいところですけど、同行いただけますか?」
「…ああ。さっさと済ませるのが最短だ。」
答えたウォルフラムが組んでいる腕に、黒いものがチラッと見え、リナが少しだけ触れた。
「少し瘴気が漏れてます。安定するまでこのまま行きます。」
小声で彼にだけ説明すると、二人でその場を離れた。
外に出るとリナが魔導書をそばに浮かせて、一葉を取り出し、魔法発動で早着替えした。
白い、ぴったりしたダイバースーツのような格好。
同時に、彼女の寝癖の長髪はきれいに結われた。上半分を一つにまとめ、サイドには三つ編みが流れている。普段の髪型だ。
ウォルフラムが不思議そうな目をしている。リナは彼に触れていた片手を離した。
「一旦瘴気は消えましたね。…ああ、私の着替えですか? パイロットスーツにしました。シューティング・スターとのシンクロ率が上がるんで、ラグが解消するんです。」
リナが笑顔で説明するが、何を言っているのかよくわからない。
「前回砂漠から戻った時と比べて、どう変わるんだ?」
「ああ、前回のは通常運転でしたからね。せいぜい時速240キロくらいだったでしょう。今回は移動用にユニットを付与します。」
彼女はさらに魔導書を片手に唱える。
「シューティング・スター、ユニット付属:“オーバードライブ・プロトコル”」
魔導書がパラパラと自らページをめくり、特定のところでピタッと止まると、描かれた魔法陣から機械パーツのようなものが複数召喚された。
後部ブースター、両翼のスタビライザーなど、それらは自動的に箒の周りに集まり、ところどころで、ガシャンと機械的な音を立てた。
組み上がったのはまるで飛行機のような流線形。もはや箒の面影はどこにもない。
「前回とどう変わるか、ですよね。前回の速度が時速240キロメートルだとして、今から飛行するのはその4倍程度のスピード、約960キロです。といえば、分かりますかね?」
ウォルフラムは考えた。考えたがそんな乗り物に乗ったことがない。
「とにかく驚異的に速い、ということだけはわかった…。大丈夫なのか?」
疑う彼を後ろの席に案内すると、リナもその前方に座った。
ガシャリ、と勝手に補助ベルトが腰をカバーする。
「シールドも展開します。相乗りの経験も何度かあるので問題ないです。…………故郷でも、普及のない独自技術ですけど。」
最後にボソッと不穏な言葉を呟くと、バンッ!! と激しい音を立て、機体後方で爆発したような大きな砂煙が舞い、離陸した。
「記録出力を開始。現在時刻08:02。これよりフィニス火山へ向け、高高度高速飛行を開始。シールド展開:“ラミナー・フィールド”。加速します。」
機体を透明な何かが包み込んだ。リナの周りに複数の魔法陣が光り、データを伝達するように文字が流れていく。次の瞬間に、ゴゴゴと加速を始め、ウォルフラムは体験したことのない圧力を感じた。
レオなら気絶していそうだが、彼にはなんだか少し心地いいような気がした。
太陽が近づくが、何かで制御されているのか暑くはない。地上の大型モンスターは小さく見え、空を飛んでいるものも、とっくに遥か低い位置に見えた。
遠巻きに見る世界は、とても美しい。
リナは極度に集中しているように見えて、ウォルフラムは話しかけないことにした。
本当に10分程度で火山まで着いてしまった。
時折あちこちで蒸気が吹き出し、岩場の隙間からところどころ赤い火が見える。
シューティング・スターから降りる前に、リナが昨日持っていたような魔結晶を握って杖を振るった。
「断熱結界。」
魔結晶が弾けて、代わりに2人を囲うように光の粒子が舞ってはすぐ消えた。
「あと、もう一つ、“大気フィルターモジュール”追加。実行。」
魔導書の二ページが消費され、2人にマスクのような光が付与され、すぐに見えなくなった。
「熱への耐性と、同じ動力にて有毒ガスへの耐性を付与しました。この山を歩いたり、サラマンダーの1発くらいは平気です。私が火口に落ちれば骨も残りませんけど。」
説明しながら機体から降りる。
「もっと他に言い方はないのか」
リナの魔法説明の淡白さに、ウォルフラムが文句を言う。
「…思いつかず。失礼しました。ただのリスク提示です。」
その時、ザプン、とさっそく火の海から大きな何かが飛び出してきた。
「サラマンダーじゃないですね。」
「陽鯨だろう。ギルドの討伐履歴にあった。リンダやギルドマスターも昔、討伐しているらしい。」
ドドッ
それは彼らの目の前に二本足で着地した。
「鯨って脚あるんですか?」
「ない。そもそも普通の鯨はマグマに住まない。」
ボオオオッと大きな雄叫びの中で、場違いな授業が繰り広げられていた。鯨の雄叫びに呼応するように、岩場のあちこちから蒸気があがり、その後を追うように炎が噴き出る。
シューティング・スターは安全な空へひとりでに離陸する。
2人は蒸気を合図に噴き出る炎をきれいに避けた。
しかし鯨はその脚で地を蹴ると、アザラシが氷を滑るかのように突進してきた。
ウォルフラムはリナの前に立つと微動だにせず、きれいに脚を揃えて背筋を伸ばしたまま縦に一線を薙いだ。
パァン! と鯨は顎を弾かれ、後ろにひっくり返った。彼はさらに追い討ちをかける。
「脚が邪魔だ」
そう飛び出すと、次にはその蛙のような脚をズバッと斬り落とした。本来の鯨のシルエットになったモンスターがピチピチと跳ねる。
ウォルフラムがその腹に乗り、最後の一振りを浴びせると、巨体は沈黙した。
(私、やることなかった…。彼、強くなってる…? フェイン戦で、呪いが進行した?)
少し離れたところで、リナは怪訝な顔をしながら、ただ見届けた。
(体力測定も定期的にするか。)
彼女はレポートに何かを書き出し、すぐに次の思考に移った。
(サラマンダーどこだろう)
サラマンダーが居そうな岩場にリナが目を凝らしている時、陽鯨の上にいるウォルフラムの場所から少し離れたところに火口が見えていた。
(試さなくていいのか…? リナの仮説では死ねないと言っていたが、ここまで来ておいて…。しかし彼女の予想通りなら…。)
うっすらと死の誘惑がよぎる。
内に巣食う魔神が、挑発するでもなく何も言ってこないのが逆に気持ち悪い。
ぼうっと赤い火を瞳に映して佇んでいると、ウォルフラムの腕が、不意にぐいっと引っ張られた。
「ウォルフラムさん! その鯨、保管するのでちょっと降りてもらえますか?」
ハッとして彼女を見て、ぴょんと鯨から降りる。
「ああ…好きにしろ。」
リナが意気揚々と鯨を魔導書に保管しながら、ウォルフラムを振り返った。
「あちらの岩場に捕食跡がありました。いると思います。サラマンダー。」
「ならさっさと行くか。」
ウォルフラムはリナを待たずに歩きだした。
「あ、待ってください。私も行きますっ!」
リナは魔導書を閉じると慌てて彼を追いかける。
そして岩場付近にはリナの予想通り、フィニス・サラマンダーが六頭。見つけた途端、ウォルフラムが斬りそうになる。
「わー! ウォルフラムさん! 加減してくださいっ! 損傷を抑えてっ」
リナが慌てて静止したので、魔剣をパッと消してそのまま素手で喉を殴った。
「早く言え。」
剣を引っ込めても彼の優位は変わらない。炎をかわし、頭部に蹴りを落とし、尻尾を掴んでは別の個体へ投げつける。
「ウォルフラムさんが早すぎるんですー!」
彼の圧倒的な戦闘を前にしながら、リナは驚くでもなく文句を言いながらやっと追いつく。
あっという間に、トカゲはみんな制圧されてしまって泡を吹いていた。
「おお! ちゃんと少ない損傷のまま六体! やるじゃないですかウォルフラムさん!」
なぜか上から目線で喜ぶリナ。
「これで用は済んだか?」
「ええ! さっさと行きましょう。あの陽鯨の脚、美味しそうでした!」
リナは急いでフィニス・サラマンダーを保管しながら、腹ペコだった。
「………そうかもな。」
帰りのフライトはまたも激しい。
リナは加速前に火山の周りを旋回して、方角を調整していた。
「すみません、こんな所に連れてきちゃって。」
フィニス火山は、かつてウォルフラムが自死を目指して選んだ地だ。彼女なりに、気にはしていたようだ。
彼は遠くなる山に広がる赤い川やそれらを包む煙、どこまでも広がる岩場を見つめる。
「…景色は悪くない」
それに応える代わりに、ドッと機体は加速した。
レオはカマキリのゴーレムへ、より詳細な指示ができるように試していた。
(リナさんが発っても自分で調整が効くように、小さいことから練習しなくちゃ。)
カマキリがその鎌で紙をカリカリとひっかく。
「お…! できてる…! 一文字だけど、文字を、書けた…!」
その時、空にブオオオンと音が響いた。ザハラの上空へ白い雲を引きながら、シューティング・スターが戻ってきた。
「なんだアレは!?」
ギルドの付近あちこちで、人々の喧騒が聞こえた。
(リナさん、速いのはいいけど、めちゃくちゃ目立ってる…!!)
レオは空を見上げて滝汗を流した。
しかし上空の雲を残して、機体はふっと見えなくなった。
ほどなくして、研究所の前にふわりと、ただの箒に乗った2人が現れた。
「リナさん、おかえり…。どうやって…?」
「ただいまレオさん! ああ、ウォルフラムさんが、高速飛行が目立ちすぎるって文句を言うので、ユニットを空中分解して迷彩機能に変換したんです。」
レオはリナの技術に驚きながらも、ウォルフラムへ視線を送った。
(ウォルフラムさん…! ナイス! さすが保護者…!)
ウォルフラムは視線に気づいたか、ふうっとため息をついた。
リナは気にする様子なく魔導書を開く。
「現在時刻10:08。記録出力を終了。」
そばに現れたユニットパーツを吸収し、パタンと魔導書を閉じると、彼女はその場にドサッと崩れ落ちた。
「リナさん!?」
レオが慌てて駆け寄ると、
ぐうううううっ
とリナの腹が鳴った。
「高速フライトは、すごくお腹が空くんです。……あと血糖値が…」
