8話 砂漠の牙

遠く、銃声がした方向に、重そうなライフルを掲げた女性がゲッコーに乗っていた。

「“砂漠の目”が来たか。」
リンダは呟くと、魔神の肩を蹴って跳び、一度距離をとった。
魔神はダメージを受けた顔に、黒い炎を帯びると再び黒い異形の面で人の顔を隠した。

リナが瞳を光らせる。
(魔法式、見えた!やはり再生の式を持っている)

その時、リナより高い空から、キィーと鷹が降りて”砂漠の目”と呼ばれた女性の腕に止まった。
「いつの間に…!?」
「彼女はエレナ。鳥の視界を借りる技を使う。味方だ。」
鷹に驚いたリナへ、リンダが教えた。

魔神はすぐさまエレナへ向かった。砂を蹴って走りながら、後ろ手に黒を集めて球体とする。
人を丸ごと飲み込めそうな、大きな魔弾を放った。

しかしエレナの姿は水面に映った影のように、ゆらりと波打つばかりで当たらない。
「”熱風幻域シロッコミラージュ”」
エレナの姿が消えて、代わりに大きな狐のような群れが現れた。砂の上では目立ちにくい毛色の上に、似たような色の装備のハンターが乗っている。
「アトラトル・ジャッカルの隊か…!」
あねさん!俺たちには”砂漠の嗅覚”って言ってくれないのかよ!」
ジャッカル隊の一人が叫んだ。
「そっちに向かってるぞ!言ってる余裕があるのかい!」
リンダはピューっと指笛で海王丸を呼ぶと、飛び乗って魔神を追った。
魔神がジャッカルの群れに近づくと、ざっと砂が吹くように群れごとかき消えた。
「ジャッカル隊はなるべく姿を出すな!エレナの目では敵はランク観測外だ!B級のお前たちには危険だ」

(熱による幻影を使うんだ…!熱源はおそらく、あのイヌさんの呼吸)
上空のリナは瞳の魔法でアトラトル・ジャッカルのいた方にフォーカスした。
「魔力探知からも隠れ切ってる。魔法がなくても、こんな技があるんだ…」
一人呟きながら、魔導書の方を見て気づく。
「リンダさん!魔神周囲の魔力がだんだん安定しながら高まっているようです。数値の波が小さく高く変化を続けています!」
「徐々に強くなるってことかい!?」
「はい!」
「そんな気がしてた!」
リナが数値で見ていることを、リンダは肌で感じていた。

魔神は敵の群れを見失い、リンダに振り返る。
再び手を宙へかざすと、周囲へ魔法陣を展開して魔力の剣を飛ばした。

「更に残念な知らせですが、彼はさっき見た通りダメージを再生します。おそらく致命傷でも!攻撃を当てても気を抜かないでください!」
「再生持ちか。モンスターなら何度殺したっていいが、人間なのが最悪だな……。」
リンダは盾で魔力の剣を弾き、海王丸もそれらを避けながら魔神へ接近した。
「リナ!モンスターなら、再生持ちのセオリーはどっかにある核の破壊か、再生の限界まで殺すことだ。何か手立てがわかるか!?」
リナは魔導書に流れる文字を追っていた。
「その二つはおそらく有効ですが!先ほどから解呪の手を探っています!待ってください!まだ……解析が…!」
リンダは海王丸から飛び降りて魔神に切り掛かった。魔神も剣を出して応じる。
「リンダさん!その剣!魔力で型取ったのとは違う、実体のある方!それが核です!で、でも……!」
言い終える前にリンダが口を開いた。
「聞いたかエレナ!」
リンダが力で押す。魔神は砂をずざっと後ろに滑った。

ダン!

発砲音。魔神の持つ剣へと命中。しかし剣は破壊されず、黒い炎となって消える。
離れたところにゆらりとエレナの姿が現れた。
「リンダさん、エレナさん!あの剣はワープで体に戻る仕組みがあります。核は、体内で移動している。狙うことは難しそうです!」
「だったらやはり本体を叩くしかないのだな?」
ダダン、とエレナの追撃が魔神の肩、頭へヒットする。
魔神は被弾箇所から黒い炎を巻き上げながら、エレナの方を振り返った。
「人間……!?」
黒い装甲の下に見えた人の姿に、エレナが目を見張る。
「そうだ、エレナ!嗅覚!我々が対峙しているのはモンスターじゃない!何かに憑かれた人間だ!」
エレナに標的を移しそうになった魔神を遮るように、リンダが追い討ちをかけた。
「“獅子ししうつし”――。もう一度殴り合おうか!」
彼女は軽やかに飛んだ。リンダの一歩も、魔神の跳躍も、人間の域ではない。二人は建物があれば飛び越えるだろう。
地上では砂煙が舞い、あたりの視界は悪くなった。

エレナは動揺のうちに幻影の中に消えた。
「視界が消されると、私は役に立たない」

リナの魔導書の文字が一瞬ピピッと点滅した。
「式の解析を完了――。一部、失敗。取得情報から解呪の式を発行します!」
リナは杖をペンのように使い、宙に光の文字を描き始めた。チョークで黒板を叩くように、カカカッと音が走る。

リンダはリナの方を見ている余裕はない。

リナは箒の上で、複数の図面や計算式のような文字を書き殴り魔導書に手を当てた。
「インプット」
魔導書がリナの描いた図を吸収した。
彼女は側に魔導書を浮かせたまま、高度を下げて魔神とリンダがいる方へ近づいた。
「範囲内。試行します!範囲魔法へコンバートして出力!」
魔導書から杖へと光が移り、リナがその杖を振った。光は魔神の頭上走り、縦に横に、複数重なった立体的な魔法陣を顕現した。
魔法陣からレンズのフレアのように、光の波動が走る。

「無害です!」
リンダに向けた言葉。
「オーケー」
リンダは剣と盾の攻撃を続ける。

光は三人を包んでから消えたが、何も起きない。リナは魔導書に目を走らせた。
「”通って”ない!未解析部分の勘が外れました。式をこの場で書き換えます。逆コンバート!」
立体魔法陣が消えて図面や数式が現れる。リナが一部を書き換えた。すぐ側を、剣が走る。
「チビスケ!危ないよ!」
リンダが盾で魔神を地へ押す。
「すいません!私の力じゃあまり動かせなくて!魔力リソースがないんです!」
再び図面は吸い込まれるように立体魔法陣へ集約された。
「再試行!」
光の波動が走るが、また結果は同じ。
「これでもない!」
リナが書き換える。

ここで初めて、魔神がリンダの盾を押し返した。
「アタシが、力負けした……!」
敵は強くなっている。

「再試行!」
リナの魔法が走った。
結果は今までと違った。一瞬魔神の姿にノイズが走り、動きが鈍る。リンダの剣が胴に入った。再生するが、遅い。
しかし。リナの目は曇る。彼女の瞳に見えたのは黒い炎から生まれたいくつもの新たな式。それは時計のように動いていた。
「うそ……。私が解除したのは、ほんの入り口…!」
瞳が文字を追って小刻みに動く。
「む、無理だ……。解くべきコアがいくつも…。それも、鍵が絶えず書き換わる。なんて高度な魔法……」
リナは上空へ退がりながら叫んだ。

「リンダさん!本当にすみません、解けそうもないです!この呪い!」

ハンターをやっていればイレギュラー、異常自体はよくあることだ。
初心者が下位ランクのクエストを受けても、現場でAランクに跳ね上がって撤退、悪ければ壊滅することだってあり得る。
「そうかい、それもハンターの日常さ」
リンダが剣を振るうが、魔神は受け返すようになってきていた。
先ほど胴に入れた大きな傷は、もうほとんど塞がっている。

「リンダの姐さん!大剣のが得意だろ?”喰顎アギト”を預かってきた!」
突然砂煙の中から、一匹のジャッカルに乗った男が姿を表した。彼は大剣を砂に投げて突き刺すと、一瞬で消えた。

「助かるルバーン!」
リンダはすぐに片手剣と盾を砂に放って大剣へ持ち替えた。

魔力の剣が雨のように彼女を追って降り注いだ。
「”瞬正裁ジャスト・ジャスティス”」
リンダが身を捻って剣の間を抜けると、剣は彼女の大剣に吸われた。
「”喰顎アギト”はアタシが回避した技を代わりに喰らう」
リンダはそれからも剣を軸に回転するように、魔神の魔弾を、手に持つ剣を、全てを避ける。彼女が避けているのか、攻撃が避けているのか見た目には不思議な光景が続いた。

(攻撃タイミングを完璧に読むことで、その攻撃が無効化されているみたい……。普通に避けてるだけなら被弾してる。これで魔法じゃないというの?まるでまた、幻影のよう。)
リナは空で困惑していた。

「もう充分喰った!小僧、返して還そう。解放――”百獣ひゃくじゅう写し”!」

大剣を基点に黒が走り、リンダを覆った。それは魔神の色に似ているが、その姿は魔神とは違って獅子のように変化した。大きな体は更に大きくなり、立て髪のように黒が揺れた。
リナの視界からリンダが消えた。次の瞬間、魔神が砂地に叩きつけられる。

(目で、ほとんど追えない……!)

リンダが見えたかと思えば剣と一体化したドリルのように、空から地へと魔神の背を貫いた。
肩から腹部まで体が裂け、それはどう見ても致命傷だが、魔神の体は再生を始める。
リンダは止まらない。大剣を片手で軽々と振ると、裂けた左と反対の右に叩きつけ、脚を折った。
まだ再生途中の体で、魔神が右手から魔弾を撃つがリンダは魔弾へ大剣を振りかざす。
「食え、”喰顎アギト”」
大剣の刃が獣の顎のように開き、魔弾を食らった。
「黒い魔神よ、もしも理性があるなら逃げたらどうだ?」
リンダは大剣を持つ手とは逆の拳を握り、魔神と放った魔弾と同じ黒を纏うと、その拳で魔神を殴り飛ばした。
「アタシの”喰顎アギト”は喰った力を倍増してアタシに返す。”喰顎アギト”で喰える限り、必ず敵の技を上回る。だからアタシは、負けない。」
距離が開いた魔神の様子を一瞥するが、退く様子はなく、黒の魔法陣から魔力の剣を出してきた。
「そうかい、やっぱり殺るしかねえのかい」

リンダは再び消えるように魔神の前まで一瞬で移動すると、再生しかけた左から右へ、右から左へ、まるで木の枝でも持っているかのように軽く、大剣を振り抜いた。
黒い炎が大きく上がり、魔神の体を再生するが、それより早く切断を繰り返す。
「全く気分の良いもんじゃない。さっさと終わろう」
上がる黒い炎ごと裂く、喰らう。
黒い悪魔が、より大きな黒い獣へ蹂躙されていく。

しかし変化が起きた。吹き上がったのは黒の炎ではない。
影が形を成した、無数の人の手のようなもの。それらは地面を這って広がった。
リンダは一瞬様子を伺ったが、影の中心でまだ魔神の再生が続いていることを確認すると再び剣を振った。
その時だった。

「ぎゃ!?」「うわああ!」

伸びた影の手に掴まれて、何も見えなかったところからジャッカルと男性たちを宙へ吊し上げた。
乱れた隊は隠れ蓑の”熱風幻域シロッコミラージュ”を保てずあちこちで露見する。
「お前ら!」
リンダに焦りの色が映る。

ダダダン

銃声が響き、ジャッカル隊を掴んだ影の手は霧散した。
地に落ちながらもジャッカルは隊員たちを乗せて逃げ去った。
しかし弾を受けた方へ再生途中の魔神が目をやり、影の手をそちらへ滑らせた。

「させるか!」

リンダが影の行く手を阻んだ。リンダの背後には、ジャッカル隊の幻影を失ったエレナの姿が現れた。
「お前たちはもう退け!」
しかし守る者と影の手は多すぎた。

リンダがエレナを背に庇ったが、他の手はジャッカルに乗った別の男を捉えた。
「ムスクが…!ナルドも!」
エレナは退けない。仲間の解放のため、影の腕を撃った。
二人は解放される。しかしまた別の二人が捕まっていた。アトラトル砂漠のジャッカルは、ゲッコーに比べると遅いのだ。

「エレナ、いい!お前は遠くからでも届く。走れ!」
エレナを行かせてから、リンダは影へと飛んだ。大剣で腕を斬るが、すぐに生えてくる。
ジャッカル隊の誰かは、このままではやられるだろう。
「くそ、本体か、腕か……どっちが正解だ!?」

(ど、どうしよう……魔神はきっと時間を稼いでる。ジャッカル隊じゃなくて、どうにか私を標的にできないの?私なら、逃げ切れる。)
リナはリンダの言葉を思い出した。

――『リンダさん!標的は普通どう決まるんですか!?』
『そりゃあ、脅威になり得る方を警戒するだろう!リナ、あんたは攻撃手段を持たないんだろ!“殺気”が微塵もない。だが、絶対じゃないんだ。狙われる前に退がりな!』

「攻撃……なにか、しなきゃ!」
リナは箒を走らせた。その間にリンダが一人解放するが、逃げ出す側から別の手が迫る。
魔神はほとんど体を再生してしまった。
「私を見てください!」
目が合った。構わず突っ込む。リナがどうしようもなく放ったのは、か弱い平手打ち。

ペチンッ

乾いた音が響いた。
途端に影の手も、魔神の姿も霧散した。

――その光景は途中で途切れた。
リナの中で、音が消える。
彼女は見た。砂漠で目覚めたウォルフラムと、リンダの会話。

『おや、こんなところで昼寝かい?死にたいのかい、坊やたち』
『俺たちは…旅の途中で、事故に遭った。こいつだけでいい、助けてくれないか?』

(二人とも、私の時と言語が違う。西方共通語…。でも、何故か意味が分かる。ここはウォルフラムさんの記憶の中?)

リナの視点はウォルフラムを追った。ギルドに行き、図書室に籠もると、信じられない速さで本を読み漁った。

“アトラトル・ゲッコーの脚の速さ、ザハラの住民との関わり、アトラトル・ホークとの狩猟…”
“Bランクモンスター:フィニス・サラマンダーの特性、Cランク…”
“Dランク:飛竜ワイバーンの捕獲、砂漠の魚ゲリュラの調理方法…”

記憶に同調して、文字情報がものすごいスピードで脳内へ流れていく。
(ログを検索するみたいな動き……!これ…読んでるの…?)
理解しようとすると頭が痛くなった。

“アトラトル砂漠の地形、周辺座標、砂漠の星座…”
”Sランクモンスター:アトラトル・サンドワームの危険区域、周辺の生態…”
“フィニス火山の亡き特Sランク、Aランク火鯨のおすすめ武器…”

数秒毎にページをめくり、何か選んで機械のようにインプットする。
数時間で、何冊もの本がウォルフラムの使う机に積み上がった。これだけ何か調べていそうなのに、メモは一切とっていない。

(何の時間だったの…?)
リナには理解できなかった。

夜に再びリンダの家を抜け出したウォルフラムは、まっすぐに目的地へ向かっていた。
夜空に浮かぶ星を見て、周辺の植物を見て、モンスターのナワバリを確認して、岩壁を見つけて、迷いなく進む。

(覚えてるんだ…全部…)
ぞっとした。何のために彼がこの能力を発揮しているのか、今なら予想できる。

砂の盆地に留まり、静かに待つ。
砂の渦の中心から、天を突くほどの巨体が姿を現した。
Sランクモンスター、アトラトル・サンドワーム。岩のような鱗肌、視界しかいに収まりきらない巨体。
開いた大口には、鋭い歯が幾重いくえにも螺旋らせんを描いて並んでいた。

『待ってたぞ』

ウォルフラムは立ち上がり、怪物に呑まれた。
視界は黒く染まり、バキバキと骨の折れる音が響いた。


――視界が明るくなり、喧騒が戻った。
影の手、魔神の姿が黒い霧となって散る。
ジャッカルとその乗り手が解放されて、ボフッと砂に落ちた。

「「「え?」」」

(一瞬の夢?時間が経ってない。彼の記憶が雪崩れ込んできたんだ……!)
リナは額に汗を浮かべ、息を切らした。

困惑しているのはリナだけではない。誰も、何が起きたのかわからなかった。
魔神のいた場所には、裸の男が転がっている。
一番近くにいたリナは、すかさず駆け寄り、屈んで顔を確認した。
青みがかった暗い髪、白い肌。紛れもなくウォルフラムだった。うつ伏せで、意識はないが呼吸で背が動く。
「……生きてる。やっぱり、彼だった。」
「リナ、どうやったんだ…?」
リンダも駆けつけた。
「私にも、わかりません。魔力も使わず、ただの平手打ちです……」
「なんだってんだ…」
二人は首を傾げた。リンダが先に仲間へ振り返る。
「お前たちは帰れ!まだ安全かどうか、わからない。アタシが帰るまで、報告は待たせろ!街の警戒も解くな!」
エレナたちは頷き、去って行った。

リナは少しの間、魔法陣を瞳に写して様子を伺った。
「魔力漏れ、安定して落ちてます。一旦、治まったと見て良さそうです。意識がないですが、生命に異常は見られません。傷は修復されています。」
彼女は瞳の魔法陣を閉じると、次に魔導書のページをめくった。

「18:12:20、対象の沈静化を確認。一人の少年が正体と見られます。記録ログを終了」

リナは再び魔導書をめくり、中から魔法陣が描かれたページを一枚、丁寧に切り取った。
「私の旅の持ち物なので、ちゃんとした男性向けの服はないですが…。とりあえず布は持っているので、服の代わりに。」
背中せなかに、その紙片をそっとかざす。
紙があわい光を放つと、簡素な服のようなものが彼の体を包んだ。
下半身かはんしんはどうにか足首まで隠れているが、上半身じょうはんしんを覆うそれは、おそらくリナにとってはポンチョなのだろう、彼の鍛えられた体躯にはあまりに心許こころもとない面積でしかなかった。
首からかけた布はかろうじて胸を隠すのみで、くっきりと浮き出た腹筋や、背骨に沿って走るしなやかなラインは隠し切れていない。

「へえ、便利だな」
リンダは感心して見た。
「事前に保管しておいたものを出しただけですから、これくらいなら私の少ない魔力でもできます。布から服を作るのだって魔法でやれたら良かったんですけどね…」
リナは満足していないようで、苦笑いした。

「しかしどうするか、彼を街には連れて行かないほうがいいんだろう」
リンダは顎に手を当てた。いつの間にか、変身が解けている。海王丸も近くに来ていた。
「私はもう少し、彼の状況を知りたいです。世界には”魔法使い”は希少だと噂に聞きましたが、あっていますか?」
屈んだままのリナがリンダを見上げる。
「ああ、多くの異種族が旅に来るザハラでも、今まで見たことがない。噂じゃ伝承の存在だって言われてた。」
「彼の呪いからは私と同じ”魔法使い”の影を感じました。私が調べていることのヒントになるかもしれないし、気になります。」

ウォルフラムが突然目を開けると、ガバッと半身を起こした。
リナと目があった後、周りを見渡してリンダの存在も認識する。動揺している様子で、瞳は揺れていた。
「あ!起きれたようで良かったです。ご自身のお名前はわかりますか?」
リナが確認するように声をかけた。

「俺は……誰か、殺したか?」
リナの質問には答えなかったが、ある程度のことを理解している言葉だった。
そして知らない空白に、恐怖している声だった。

リナはリンダを振り返った。リンダの方が、ザハラの全体を理解しているはずだから。
「黒い時のアンタはザハラの街へ向かっていたが、ハンターで阻止した。怪我人は出たがアイツは問題ないだろう。死者も建物の破壊もゼロだ。ああ、アタシの武器は一個壊れたっけ。……そんくらいだ。思ったより、だいぶ良い方だろ?」
リンダは数歩離れた先で、海王丸に片手を乗せながら事実のままを説明したが、慰めるようでもあった。
「そうか…、すまない。迷惑をかけた」
ウォルフラムはよろりと立ち上がり、うっすら星が滲んだ空を仰ぐと歩き出した。
「ま、待ってください!どこへ…?」
リナがついていく。
「放っておいてくれ」
感情も生気もない声が返ってきた。
「坊主!」
リンダが声を張った。ウォルフラムは振り返らないが、続ける。
「アタシは街に帰る。もし状況が変わってまた来る気になったら、隠れて来な。ああ、あと、これはアタシにゃ使えない。返しとくよ。」
リンダが何かを投げた。
それが何かを認識するより早く、ウォルフラムの身体は反射的に寸分違わず掴み取る。
パシッと乾いた音を立てて収まったそれは、冷たい金属の感触をしていた。
視線しせんを落とすと、そこにあったのは一枚の金貨きんか
ウォルフラムが彼女に渡したものだった。
ウォルフラムは金貨を見るとすぐに視線を上げて再び歩きだした。
死んだ目のまま、足早に。靴はなく、裸足のままで。

リンダにとっては、街を守る方が大事だ。少年をどうしてやることもできない。
(魔法や呪いの類いはわからない。殺さず済んだだけマシだ)
「リナ、あんたは機動力がある。行くんだろ?必要なら、アタシのとこへ飛んでこい」
リナが頷くのを見て、リンダは去った。


夜の砂漠をウォルフラムは歩く。

(死ねなかった)

断片的に、覚えている。
リンダと目が合った一瞬。
振るった剣の感覚。
攻撃に使われた自身の魔力の疲労。
消えた体がもどってくる再生の痛みと、感覚の断絶の繰り返し。

まだ誰も殺していない。
でもこのままではいつか。

(終わりたい)

十歩程離れて、リナが着いて来た。
「少し話しませんか?」
「来るな」
足は止めない。

空気を読まず、砂地が揺れた。
ウォルフラムが立っていた場所から飛ぶように退がると、砂が持ち上がり、見覚えのある巨体が現れた。
Sランクモンスター、アトラトル・サンドワーム。その体にはいくつもの傷跡が残っていた。
「お前も再生持ちだったな。……だから選んだんだ。」
サンドワームの巨体は砂から這い出ると、月を隠すようにウォルフラムとリナを見下ろした。

ギョアアアアアアアアアア――!

その大口から、怪物の咆哮が放たれた。
それだけで空気が揺れて、地形が変わる。飛んだ砂が刺さるように肌を叩く。
リナは、まっすぐ前を見ていられなかった。押し出される空気に逆らわず、箒を空へ流して退がった。
上空から見ると、周辺にいた生物が皆逃げて行くような影の動きがわかる。
サンドワームは体を鞭のように捻ってウォルフラムを真横から撥ね飛ばした。
「ウォルフラムさん!」
リナは息を呑んだ。暗くて速い。はっきりとは見えないが、ウォルフラムの影は数メートル先の砂に叩きつけられ、砂を巻き上げた。
サンドワームはリナに気づいたかのように、目のない頭を彼女へ向けた。
「……!」
あれが来ても、避けられる自信があった。しかし怖くないわけではない。
(暗い中じゃ不利だ。夜目を発動しなきゃ……!)
「”観測眼オブザーバー : タイプ NOCノクティス”」
リナは瞳に魔法陣の光を映した。
サンドワームの体はあまりに大きく、リナへ向けて広げた口は悍ましく牙が並び、吸い込まれるように暗い大穴だった。
瞬間。砂地から飛んだ一閃がサンドワームの下顎から脳天までを貫いた。
「クラーケンに似た上位ステータスだったから、お前なら、アレを殺してくれるかと思ってた。」
サンドワームの頭上に、ウォルフラムが剣を構えていた。彼は半身、黒い炎を帯びている。
「俺にも斬れるとは、期待違いだったな」
重力に従い、目の前を通過するウォルフラムへ、サンドワームは勢いよく食らいついた。
そのまま鯨が水に飛び帰るように、砂へ飛び込む。
しかしその長い巨体にビシビシビシッと螺旋が走り、体の中間地点で竜巻が起こったかのように肉塊が弾けた。
サンドワームの中から、身を回転させながら剣を握ったウォルフラムが飛び出てきた。やはり黒い炎を帯びたまま。
彼はサンドワームの中から何かを蹴り落とした。
ぐしゃっと砂に転がったのは、黄色く光る肉塊。

(エネルギー濃度が濃い…!あれは、コアだ…!)
魔法陣の瞳でリナは理解した。

半分化け物の目のウォルフラムは、地に降りながら、その核へ剣を突き立てた。
「クソ、クソッ…!畜生……!」
何度も剣を振り、核はとっくに壊れていた。サンドワームは再生しない。八つ当たりだった。

黒い炎が大きく噴き上がる。
(また、呪いに呑まれかけてる…!)
「ウォルフラムさん!」
リナが叫んだ。彼には聞こえていない。

しかし突然ぴたりと止まると、剣先を返した。
「……!ダメです!!」
箒を寄せながら、リナが制止の声を上げたが彼はドッと自身の胸をついた。
だが、剣は接触面に黒い魔法陣を出して彼の体を通り抜けるのみで、血の一滴すら流れない。

「クソッ、死なせろ……!死なせろぉっ!」

獣のような呻き声うめきごえと共に、彼は何度も、何度も自分の胸を突いた。
死ぬことさえ許されない。彼の心はとっくに深い絶望ぜつぼうへと落ちていた。

「ウォルフラムさんっ!落ち着いてください!」

リナが慌てて飛んできたが、非力な彼女の手は容易く振り解かれ、ウォルフラムは鋭い声で制止した。
「寄るな!」
その瞳には、明確な拒絶の色が浮かんでいた。

「構うな…消えろ」


目次へ戻る