5話 魔法使いの目覚め

アークライト帝国、西棟の第二書庫。
西棟にある第二書庫は、ウォルフラムにとって城内で唯一、心が安らぐ場所だった。
古書のインクと羊皮紙の匂いが満ちる静寂の中、彼はいつものように窓際の大きな革張りの椅子に深く身を沈める。
晩餐会の喧騒が嘘のように遠ざかり、ようやく思考が澄み渡っていく。
その、束の間の安息は、突如として破られた。
最初は、床を伝わる微かな振動。
次いで、遠くで何かが砕け散るような、くぐもった破壊音。
ただの物音ではない。
城の魔力循環に、不協和音が混じるのを肌で感じ取る。
空気が歪むような、異質な気配。そして遠く、しかし明らかな、殺気。
(何か侵入したか?いや、警備は問題なかった…潜伏か…?)
ウォルフラムは椅子から立ち上がった。
廊下に出ると、空気が一変した。
「ぐあっ!」「怯むな、押し返せ!」
緊迫した兵士たちの怒声に混じって、ガギンッ!と重い金属が激しくぶつかり合う音が、廊下の奥から断続的に響いてくる。
宝物庫の方角だ。
音のする方へ一歩踏み出した、その時だった。
すぐに後ろから、鎧を鳴らす慌ただしい足音が迫り、血相を変えた兵士の一団が彼を追い越していく。
ウォルフラムはその一人の腕を強く掴み、足を止めさせる。
「何の騒ぎだ!状況を報告しろ!」
「で、殿下!宝物庫より、正体不明の魔物が…!ルーク陛下への報せは、ただいま使いの者が!」
「騎士団は陛下と共に在るだろう。この殺気……一般兵では荷が重い。案内しろ。」
応援に行こうとしていた兵士と共に足早に現場へ向かうと、そこにあったのは凄惨な破壊の跡だった。
分厚い鋼鉄でできた宝物庫の扉は内側からこじ開けられたように歪み、壁には巨大な穴が穿たれている。
「殿下、こちらです!」
兵士の一人が叫ぶ。
破壊の跡は、従来の間取りを無視して宝物庫から続く廊下を抜け、西棟の大広間へと続いていた。
ウォルフラムが広間に駆け込むと、そこで彼は異形の影が近衛兵たちを蹂躙する光景を目の当たりにした。
広間のシャンデリアが放つ光が、黒い瘴気を纏う人型の魔物を不気味に照らし出している。
屈強であるはずの兵たちが、まるで紙切れのように吹き飛ばされ、壁や柱に叩きつけられていた。
兵士たちは人の多い方角から進路を逸らすように必死に盾を構えるが、その黒い人影が腕を一振りしただけで雪崩のように何人も押し返された。
ウォルフラムは帝国の魔導剣を二振り拾い上げると、片方を地に突き立てた。
剣は光となって散ると、代わりに彼の鎧として現れた。
タンッ、
顕現した鎧の重さを感じさせず、弾丸のように跳躍したウォルフラムが一瞬で黒い影に距離を詰める。
兵士を狙っているその影の胴に剣を振るった。
黒い影が振り向き、ウォルフラムの剣に構える。翳した黒い手から一太刀の剣が現れた。
金属の弾ける音が響き、ウォルフラムの剣を弾く。反撃の刺突を連打。
カカカカカッッ!
ウォルフラムは刀身で器用に弾く。多くの兵士たちの目にはその太刀筋を追うことすら難しかった。
「退がれ!おまえたちでは犬死にするだけだ!」
ウォルフラムの鋭い声が、広間に響き渡る。
残った兵士は息を呑んで見ていたが、退却には迷いがあった。
無理はない。血の濃い王族には圧倒的に力があるとは言え、彼はまだ十五の少年なのだから。
「しかし、殿下…!」
「ここは私が引き受ける。時間を稼ぐだけだ。行け。」
有無を言わせぬその声と、王族だけが持つ圧倒的な気迫に、兵士たちは頷き合うと、負傷した仲間を抱えながら後退していく。
一人、静まり返った広間で魔物と対峙したウォルフラム。
先に動いた魔物が鋭い爪を振りかざし襲いかかる。
ウォルフラムは紙一重でそれを躱す。
勢い余った魔物の腕は、背後の壁に深く突き刺さった。
見逃さない。空いた胴へ斬り込む。
「心剣術」
静かな詠唱で、手に持つ剣を青い光が包んだ。影の中に刃が通った。
しかしダメージが通っていないのか、敵が怯むことはない。
切り口に黒い霧が漏れるばかりで切断するには至らず、片手の黒い剣に止められた。押される。
「ぐっ……!」
力負けを悟って剣筋を後ろに流し、壁際から抜け出した。
魔物は壁に食い込んだ腕や剣をガラリと引き抜いて、抜け出たウォルフラムへ振り返る。
(強い。しかし、退くわけにはいかない。)
キキン、再び剣と剣がぶつかった。
影が振るう黒い剣は、ただの力任せではない。
その剣筋に、ウォルフラムは戦慄した。
それは紛れもなく、彼自身が血の滲むような訓練で叩き込まれたもの。
(帝国の剣技、そのままの動きだ)
一切の無駄がなく、どこか機械的ですらある洗練された動きが、的確に急所を狙ってくる。
キン、と甲高い音を立てて剣を受け流すが、腕に伝わる衝撃は鉛のように重い。
(くそっ、力が違いすぎる…!)
退く選択はなかった。この魔物に対抗しうるのは、もはや自分しかいないのだ。
彼は猛攻を凌ぎ続けた。
一撃を躱し、懐に潜り込んで斬りつける。
浅い傷しか与えられないが、構わず次撃を繰り出す。
攻防一体の流れるような動きで、必死に食らいついていた。
しかし、黒い影はまるで嘲笑うかのように、その手に黒い魔力の塊を凝縮させ始めた。
まずい、と直感したウォルフラムが距離を取ろうとするより早く、圧縮された闇が轟音と共に放たれる。
回避は間に合わない。
彼は咄嗟に剣を十字に構えた。
ーー魔導剣技 絶対反射ーー
瞬間、剣を触媒とした光の魔法陣が眼前に展開される。
タイミングがシビアな技だが、発動は完璧だった。
しかし、魔物の放った闇の奔流はあまりに強大で、シールドは甲高い音を立てて砕け散る。
完全に威力を殺しきることはできず、残った衝撃がウォルフラムの体を背後の壁まで吹き飛ばし、役目を終えた魔導剣は光の粒子となって消えた。
「はぐっ…!」
壁に叩きつけられた衝撃で、肺から空気が押し出される。
視界が白く点滅し、口の中に鉄の味が広がった。
それでも彼は、壁に手をつき、よろめきながらもゆっくりと立ち上がる。
無防備なその姿を、魔物が見逃すはずはなかった。
黒い影は、新たに黒の魔法を練り込むと、剣の形を成して飛ばした。
死を覚悟した、その瞬間。
シュン、と何かが風のように走り、影で作られた剣が消し飛んだ。
「――そこまでだ、悪しき情の塊よ」
凛とした、氷のように冷静な声が響き渡った。
一条の光を纏い、そこに立っていたのは新王ルーク。その姿は、混沌の戦場においてあまりに完璧で、絶対的な「秩序」の象徴に見えた。
ルークの瞳は、その魔物の姿を見るのではなく、もっと深いところを覗くように閉ざされた。
静寂が満ち、そこには彼と魔物しかいないかのように映る。ルークの力だ。
ざわざわと砂嵐のようなノイズが響いた。
『聞こえているぞ、お前の性根は。何人もの悪しき感情が集まって姿を成したか。』
まっすぐに見据えるルークに、黒い人影が答える。
『最も悪しきは貴様らの方だ…。シュタインの血よ。幾度もの戦の上に今の栄光があることを、知らぬわけでもあるまい…』
黒い人影は剣を構える。再び視界が開けて現実の喧騒が戻ってきた。
(あれはおそらく、保管していた魔剣が形を成した魔物。密かに負の力を溜め込んでいたか…。もっと早く気づけなかったのか、私は。)
少しの苛立ちをおくびにも出さず、冷たい瞳のまま軽く手首を返す。
キンッ。音が響き、振り翳された剣はルークに到達することなく宙で何かに弾かれた。
「退がれ、ウォルフラム」
ルークの声に、ウォルフラムは遠くへ退いた。
目の前で、世界の理が変わる。
兄、ルーク。彼はただそこに立っただけ。
戦場を一瞥しただけ。
だというのに、ウォルフラムが死闘を繰り広げた空間のすべてが、兄の掌中に収まったのが分かった。
「心剣術」
静かな詠唱。兄の手刀が青い光を纏い、何もない空間を薙ぐ。
直後、影の魔物の足元から光の刃が噴き出した。
現れた刃はその巨体を裂きながら、いとも容易く宙に浮かせた。
(…剣すら使わず、ここまで…!?)
ウォルフラムは息を呑んで見ていた。
体勢を崩した魔物が、報復の黒い斬撃を飛ばす。剣から太刀筋が形を成して黒く放たれたのだ。
だが、兄の姿はもうそこにはない。
カウンターの隙を突いた、などという生易しいものではなかった。
まるで時間が巻き戻るかのように、兄は既に影の懐、死角の中へと移動を終えていた。
それは戦いではない。あまりにも一方的な「解体」だった。
影が黒い魔弾を練る。その腕が、飛んだ。
影の爪が迫る。その手首が、落ちた。
ウォルフラムの目には、兄の剣閃すら捉えられない。
ただ、結果だけが目の前に積み重なる。
(これが、帝国の『光』…!)
今まで一度も見たことのなかった兄の実践。
本気ですらない、その圧倒的なまでの余裕。
ウォルフラムは、離れたところから、ただ戦慄することしかできなかった。
あっという間に、ルークの剣は霧を払うようにその影を細切りに裂き、魔物は声もなく崩れ落ちた。
だが、悪夢はこれからだった。
霧散していく魔物の跡に、インクを零したような黒い影が残る。影は生き物のように蠢くと、床を凄まじい速さで滑った。
ルークは何かを感じて声を荒げた。
「離れろウォルフラム!まだ終わっていない!」
兄に敵わないと悟った黒い影が、ターゲットを変えたかのようにその弟ウォルフラムへ付き纏った。
「!?」
十分距離を保っていた、はずだった。
ウォルフラムは向かってくる影から素早く離れたが、影から伸びた無数の手が、彼の足を、腕を次々と掴んだ。
「くっ!」
ルークの目に初めて焦りの色が浮かぶ。
「彼から離れろ…っ!」
ルークが剣を振るうと、地面を波のように伝う大きな青い斬撃が、王宮を壊すのも厭わず凄まじい勢いで黒い影の手を全て切断した。
しかしそれでは終わらない。今度は影全体が大きな腕の形を成して、握った小指の先から光る刃物が見える。
その切先はバランスを崩したウォルフラムを捉え、鎧を砕き、その心臓を背中まで貫いた。
悲鳴も出せず、鮮血を散らしたウォルフラムの体がぐらりと傾き、床に倒れるのと同時に、その刃物も影も、まるで幻だったかのように掻き消えた。
「ウォルフラム!」
ルークが駆け寄る。その手が弟の体に触れた瞬間、彼は息を呑んだ。
彼に聞こえる”魂の音”が、弟の中に得体の知れない「何か」が侵入したことを、明確に伝えていたからだ。
それは、先ほどあの黒い魔物から感じた、純粋な憎悪と絶望の塊。長年蓄積された怨念。
次の瞬間、ウォルフラムの体を中心に、凄まじい黒い炎が爆発するように飛び散った。
爆風に煽られながらルークが見たのは、黒い炎の中心でゆっくりと立ち上がる、漆黒の騎士、あるいは悪魔の姿。
頭部からは硬質な角が、背中からは歪な尻尾が生え、体は帝国の鎧の形に黒い装甲を纏う。
見た目も、その動きも先ほどの魔物とは全く異なっていた。
もはや、魔物というよりは魔神と呼ぶのが相応しいだろう。
魔神は手に、黒い剣を召喚した。ルークは距離をとる。
馴染みのある、守るべき者の太刀筋がルークを襲ってきた。
(…ウォルフラム、お前の剣か…!)
新たな姿を得た目の前の魔神の攻撃は、弟の振るう剣の筋そのものだった。
「近衛騎士団に通達!これより西棟を完全封鎖!何人たりとも近づけるな!」
ルークは剣を構えながら、控えていた騎士団へ王として冷静に指示を飛ばす。民の、そして部下の被害を最小限に食い止める。
それが最優先事項だった。彼は魔神と化した弟を、意図的に人のいない中庭へと誘い込んでいく。
「騎士団も全員退がれ。──私に並び立てる者、単騎一名のみ選抜して戻せ。巻き込みは避けたい。」
肉体を得た魔神は先程よりずっと素早く、ずっと硬く、攻撃が重い。
魔神ははっきりと、ルークを攻撃対象に狙っていた。彼にとっては都合がいい。
自身が魔神を相手している限り、被害の拡大を最小限にできるのだから。
壁が砕け、床が裂ける。壮麗だった王宮が、二人の戦場と化していく。
「ウォルフラム!聞こえるか!」
剣を交えながら、ルークは必死に弟の魂を探る。
ウォルフラムはルークの声に応えない。だが、その内なる声はルークに届いた。
内面の意識を探り、集中する。現実の音が、消える。
憎悪の奔流の中に、彼はもがいていた。
黒い無数の手の中から、僅かに顔を覗かせる弟の姿がはっきり見える。
『…んゔっ!』
蛇のように巻き付く影の中から腕を出し、声にならない声をあげながら自身を掴む手を掴む。
無数の手に紛れて、化け物の目が現れた。
『ふむ、まだ直接喋れないか…。しかしお前は我の声を聞けるのだな。勝手に入ってきて煩わしい』
ウォルフラムの代わりに、異物の声が響いた。
『勝手に弟に入っているのは貴様の方だ。出ていけ』
ウォルフラムを縛る手が数本、弾けるように消し飛んだ。抜け出ようともがくが、再び抑えられる。
『……弟か。お前が話しかけると出てこようとするな。まだ安定しないか。力を出しづらい』
ルークは黒い影を忌々しく睨んだ。
――音が戻った。
(…まだ、いる。まだ、お前はそこにいるんだな…!)
弟がまだ魔神の中に生きていると確信したことで、ルークの剣は僅かに鈍った。彼の急所を突けない。
その一瞬の躊躇を、魔神は見逃さない。
「ぐっ…!」
魔剣の刃がルークの肩を浅く切り裂く。その時だった。
瓦礫の陰から、一人の従者が血相を変えて飛び出した。騒ぎに気づかず、逃げ遅れたのだ。
魔神はルークの頭上に魔弾を放ち、逃げる従者諸共建物の外壁に生き埋めにしようとした。
ルークは矢のように飛び出すと、従者の肩に手を当てた。
「すまないが肩を借りる。しゃがんで動くな!」
ルークは魔力を纏って彼を庇うように覆い被さると、まるで踊りの如く足払いを繰り出し、落ちてきた外壁を全て捌いて見せた。
その動きは、ただの従者にとっては重い。
「大丈夫か?立って逃げてくれると嬉しいが…」
その答えを待たずに魔神は追撃の刃を振り下ろす。
ルークは従者を庇うように剣で受け止めたが、従者はまだ立ち上がれないようだ。
(ウォルフラム…!)
力で押し負ける。後ろには流せない。覚悟を、決めるしかなかった。
(お前を諦めるなら、私は何のために……)
内心には葛藤を抱えながらも、自身の足元に青の魔法陣を呼び出した。そこからいくつも飛ぶ、蒼き光の刃。
ルークによって放たれた渾身の魔法は、魔神の胴体を次々に貫通した。
弟に、致命傷を与えてしまった。
しかし、魔神は苦悶の声を上げながらも、その傷を瞬時に再生させ、より一層禍々しいオーラを放ち始めた。
「なんだと…!」
ルークの正義は、弟を苦痛から解放してやることもできず更に悪い事態を招いてしまった。
再生した魔神は、力を増してルークに切り掛かる。ルークは剣で受け、力の押し合いになる。やはり、重い。
「行けっ!」
従者はやっと立ち上がり、なんとかその場から逃げ出した。
後ろを守る必要は無くなって自由が利いたが、同時に彼に向ける剣の覚悟は再び揺らぐ。
魔神は右手に剣を構えたまま、左手をかざした。
「…っ!」
ルークは咄嗟に剣をいなして身を引くと、無から生まれた黒い光の斬撃が宙を切った。
(ウォルフラムの力の領域ではない。今のは、私の技だ……!)
王族の魔法、心剣術は意思の力で刃を成す。媒体が刃物に近いほど、魔法とのイメージが近く、その力を発揮しやすい。
無から刃を形成する技は、今の帝国でルークにだけ許された領域だった。
それを、魔神は真似てきた。脅威は想定よりかなり大きいことが判明した。
青と黒の魔法の斬撃同士が激しく衝突し、城壁が激しく崩れ落ちた。戦場はついに、王宮の庭園まで開けてしまう。
ルークは剣を縦に一振り。残像のように青い光の剣が現れ、飛ぶ。
魔神は全く同じように黒の剣を創造し、撃ってきた。
同じ技がぶつかる。
魔神の大振りの一撃が、ルークの頭上を越えて宙を飛んだ。
遥か彼方、避難民がいるはずの城門の方角で、屋根が崩れ落ちる轟音が響く。
そして、一瞬だけ、夜空に雷が爆ぜたかのような閃光が見えた。
(城門に…!?まだ民がいるはず……!)
怪物は弟の体で、罪なき民を殺めてしまったかもしれない。その可能性が、ルークの心に大きな動揺を生んだ。
そして、その一瞬の隙が、命運を分けた。
魔神の剣が、閃光のように心臓部へと明確に走る。
ルークは咄嗟に身を捻ったが、完全には避けきれない。
鮮血が舞い、彼の右腕が宙を飛んだ。
噴き出す血しぶき。地に落ちる腕。
「ぐうっ!」
目眩で立っていられず、膝をつく兄の姿。
その光景が、狂乱していたウォルフラムの意識を激しく揺さぶった。
(あ…あに、うえ…?)
自分が何をしたのかを理解した瞬間、彼の口から絶叫が迸る。
その激しい動揺が、皮肉にも彼を魔神の姿から解放した。
黒い瘴気が晴れ、鎧ごと消えた後に残るのは、晩餐会での煌びやかな装飾の衣服を纏い、涙を抑えきれない、ただの十五の少年の姿。
ルークは彼を見て何か言おうとしたが、声は出ない。噴き出す血が、弟を守る言葉を許してくれなかった。
戻ってきた一人の騎士が、一つの決着に勘付いて掛けてきた。
「ルーク陛下!ああ、なんてことだっ。応援を呼べ!」
その声に突き動かされるように、ウォルフラムは自らが作り出した惨状から逃れるかの如く、夜の闇へと走り、姿を消した。
(まだ、まだ私の中にアレがいる…!これ以上の過ちを犯す訳には!)
駆けつけた部下に支えられながら、ルークは静かに言う。
「追え。だが手は出すな。お前たちの手には負えない。近づきすぎるな。」
――「……はっ!」
リナは息を詰めて目を覚ました。
ぼんやりとした頭で体を起こすと、そこは見知ぬ部屋のベッドの上だった。
壁にはモンスターのものらしき骨や皮が飾られ、乾いた砂の匂いがする。
(今のは…? ただの夢…なの?)
状況が飲み込めないまま、おそるおそる部屋を出ると、武骨な大剣を手入れしている女性と目が合った。
日に焼けた肌が屈強な体によく似合う、貫禄のある女性だ。
女性は剣から目を離し、ニッと口の端を上げた。
彼女は何か言ったようだが、その言葉は、リナが今まで聞いたことのない、硬質でリズミカルな響きを持っていた。
「ここは…どこですか…?」
リナがか細い声で尋ねると、女性は「ああ、悪ぃ悪ぃ。東の言葉か」と片手を上げた。
近くの水差しから素焼きのコップに水を注ぐと、それをリナに手渡しながら、今度はリナにも聞き馴染みのある、流暢な言葉で続けた。
「目が覚めたようで良かった、チビスケ。まずは飲みな。気分はどうだ?」
「あ、ありがとうございます…。あなたは…? ここは…?」
強面の彼女だが、優しく細めた目でリナを見つめた。
「アタシはリンダ。ハンターさ。」
